土鍋でごはんを炊くことは、字をきれいに書けることと似ている

土鍋でごはんを炊くことは、字をきれいに書けることと似ていると思う。

それは全てのベースになるからだ。
きれいな字は、それだけでその文章を、その書き手を、底上げする。(字が下手な私にとっては羨ましい〜)

ベースさえ整っていたら、他は手を抜いてもいいじゃない。いや、それができるんじゃない、という提案。
だからこそ、ベースは大事にしようよ、と。
尊敬する小林カツ代さんも同じようなことを言っていました。

「忙しい」と「丁寧に暮らす」「自分を大切にする」は共存できると思う。

発想の転換。

天狼院で記事を書きました。

私が土鍋家(Donabeka)を続ける理由

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